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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
三十八
こう彼は節子の居ないところで独り自分に言って見た。
荷が着いてからの混雑はそれから夕方まで続いた。夕飯の済む頃になると、岸本は以前のせせこましい町中から離れて来たことより外に何も考えなかった。七年馴染を重ねた噂好きな人達は最早一人も彼の家の前を通らなかった。夜遅くまで聞えた人の足音や、通過ぎる俥のひびきすらしなかった。
「父さん、汽車の音がする」
と下町育ちの子供等は聞耳を立てた。品川の空の方から響けて伝わって来るその汽車の音は一層四辺をひっそりとさせた。岸本は越したての屋根の下で身を横にして、家中のものを笑わせるほど続けざまに溜息を吐いた。
三十八
岸本は既に半ば旅人であった。彼はなるべく人目につくことを避けようとした。送別会の催しなども断れるだけ断った。旅支度が調うまでは諸方への通知も出さずに置いた。彼が横浜から出る船には乗らないで、わざわざ神戸まで行くことにしたのも、独りでこっそりと母国に別れを告げて行くつもりであったからで。
突然な岸本の思立ちは反って見ず知らずの人々の好奇心を引いた。彼の方でなるべく静かに動こうとすればするほど、余計に彼の外遊は人の噂に上るように成った。