轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

市街の夜の燈火が悉く消され、ブウロンニュの森には牛、豚、羊の群が籠城の食糧の用意に集められたという巴里を美術家仲間で最終に去ったのは岡と今一人の彫刻家であったらしいことをも知った。在留した同胞の殆んどすべては既に巴里を去ったことをも知った。

リオン行の美術家仲間からも汽車旅の混雑と不安とを岸本の許へ知らせて来た。それで見ると、車掌さえ行先を知らない列車に幾度か乗換え六箇所の停車場で三時間あるいは六時間を待ち都合四十時間もかかって漸くリモオジュからリオンに辿り着くことが出来たとしてあった。岸本等の宿へは、主婦の姉の娘夫婦にあたる人達が巴里から避難して来た。この人達は岸本等が七時間で来たリモオジュまでの汽車旅に三十時間を費したと話した。巴里ばかりでなく北の国境の方からの多数な避難者の群は荷物列車にまで溢れているとの話もあった。

「僕等はまだ好いとしても、独逸の方に居た連中はさぞ困ったろうね――」

と岸本は隣室の牧野を見る度に言い合った。仏独国境の交通断絶以来全く消息を知ることの出来なかった伯林の千村教授や、ミュウニッヒの慶応の留学生が倫敦に落ち延びたことも分って来た。