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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

父は随分奇行に富んだ人で、到るところに逸話を残したが、しかし子としての彼の眼には面白いというよりも気の毒で、異常なというよりも突飛に映った。その上京で殊に彼はそれを感じた。父は彼の学校友達の家へも訪ねて行こうと言出したことがあった。三十間堀の友達の家には、友達の母親が後家で子供達を育てていた。そこへ彼は父を案内して行った。父の為ることは唯少年の彼には心配でならないようなものであった。学校友達の家へ訪ねて行くと、先方でも大変喜んでくれたが、別れ際に父は友達の母親から盆を借りて土産ばかりに持って行った大きな蜜柑をその上に載せた。それを友達の母親の方へ差出すことかと彼が見ていると、父はそうしないで、いきなりその蜜柑を仏壇へ持って行って供えた。こうした父の行いが少年の彼の眼には唯奇異に思われた。彼は父の精神の美しいとか正直なとかを考える余裕はなかった。何がなしにその学校友達の家を早く辞して田辺の方へ父を連れ帰りたいとのみ思った。その時の彼の心では、久し振で父と一緒に成ったことを悦ばないではなかったが、矢張郷里の山村の方に父を置いて考えたいと思った。一日も早く父が東京を引揚げ、あの年中榾火の燃えている炉辺の方へ帰って行って、老祖母さんや、母や、兄夫婦や、それから年とった正直な家僕なぞと一緒に居て貰いたいと思った