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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

「青木君がそう言いましたっけ。『この世にあるもので、一つとして過ぎ去らないものは無い、せめてその中で、誠を残したい』ッて。僕は岡君にあの言葉をすすめたいと思うね」

こう岸本は岡の方を見て言った。日の暮れる頃まで彼はその画室で話した。その年の正月に巴里にある心易い連中だけが集まって、葡萄酒を置き、モデルに歌わせ、皆子供のように楽しい一夕を送った時の名残は、天井の下の壁から壁へ渡した色紙も古びたままで、まだ牧野の画室に掛っていた。やがて岸本は辞し去ろうとした。牧野は町まで買物があると言って、岡のことを心配しながら岸本に随いて来た。

牧野は町に出てから言った。

「今度という今度はさすがの岡も力を落したようですよ」

「まあ、さんざん哭き給えとでも言うより外に仕方が無いね」と岸本も一緒に日暮方の歩道を踏みながら、「あの人のことだから、いずれ何かその中から掴んで来るでしょう」

「僕の妹を仮りにくれろと言われたところで、僕だって考えますよ。美術家同志というものはあんまり内幕を知り過ぎていて反っていけない。妹にまで同じ苦労をさせようとは思いませんからね」

こんな言葉をかわしながら歩いて、往きかう人の可成にあるパスツウルの通りで岸本は牧野に別れた。