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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

二

秋の末から春のはじめへかけて毎年のように身に着けた背広の服は国の方へ持って行かれないほど着古してしまった。彼は赤い着物でも脱ぎ捨てるように、その古い背広を脱ぎ捨てようとしていた。旅の末には、下宿の部屋の汚れも眼についた。彼はその長く住慣れた部屋にも別れを告げようとしていた。ある時は眼に見えない牢屋のような思いをしたこともある部屋の石の壁にも。ある時は我と我身を抱き締めるようにして、旅の前途を思い煩いながら眺め入ったこともある部屋の硝子窓にも。

「還るのを赦されるのだ」

と彼は自分で自分の帰国のことを言って見た。

二

帰支度をする頃の岸本には、何となく国も遠くなってしまった。彼は三年近くも見ない自分の子供等の急激な成長をどれ程のものともはっきり想像することすら出来なかった。彼の眼にあるは旧の新橋停車場で別れて来たままの何時までも同じように幼い子供等の姿に過ぎなかった。欧羅巴の戦争はまだ続いていて、下宿と同番地の家番の亭主などは出征したぎり、稀に戦地の方から休暇を貰って帰って来て顔を見せるくらいのものであったが、そこに留守居する家番のかみさんの子供等は驚くほど大きく成った。