轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

そして、何かにつけ旅立に便利なソルボンヌ附近の旅館の方に移ろうとした。

まだ岸本は巴里を引揚げる日取も定めることは出来なかった。遠い旅のことで、国の方から来る手紙を待つだけにも可成の日数を要した。旅行も困難な時であったから、途中のこともいろいろ問合せて見ねば成らなかった。それによって帰国の旅の方針を定めねば成らなかった。遠く喜望峰を経由して、印度洋から東洋の港々を帰って行く長い航海の旅を択ぼうか。それとも多少の危険を冒し、途次厳しい検閲で旅の手帳を取上げられるくらいのことは覚悟しても、英吉利から北海を越え、日頃見たいと思う北欧羅巴の方を廻って、西比利亜を通って帰って行く汽車旅を択ぼうか。遠い露領の果の方には叔父の帰りを待受けると言ってよこした輝子(節子の姉)夫婦も住んでいた。いずれにしてもそうやすやすと帰って行かれる時ではなかった。岸本はその二つの中の何方の道を択ぼうかということにさえ思い迷った。

巴里で岸本が懇意になった美術家仲間の中でも、小竹は既に国へ帰り、岡はしばらくリオンの方へ行っていた。例のパスツウルに近い画室には岸本と一緒に巴里を引揚げようと約束した牧野が居て、この画家は帰りの旅の打合せかたがたよく岸本の下宿へ顔を見せた。