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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
二十一
岸本はその仏壇の前へ行って、亡き園子をはじめ三人の女の児の古く錆びた位牌が燈明の光に映るのを見た。遠い旅に行く出発の前夜まで無かった古い位牌や仏具なぞは、祖母さん達の郷里から携えて来たものと知れた。嫂や節子は勝手の方から通って来てその仏壇の側を往ったり来たりした。
岸本は節子に近づくことを避けていた。帰って来てまだろくろく口を利こうともしなかった。唯それとなく彼女の容子を見ようとした。彼の眼に映る不幸な犠牲者は遠く離れていて想像したほど変り果てた姿でも無かったので、それには彼はやや安心した。その日の夕飯には、義雄の家族、二人の親戚、泉太や繁まで一緒に食卓に就いた。岸本が帰国の祝いとして、生蕎麦の盛二つずつ出た。兄の家の倹約なことも、骨の折れることも、この馳走が一切を語っていた。岸本は涙のこぼれるような思いをしながら、久し振での夕食を難有く頂戴した。
二十一
その晩、岸本はまだ旅から帰りたての客のような形で、兄の義雄と同じ蚊屋の内に寝た。高輪にあるこの新開の町ではもう一月も前から蚊屋を釣るという。久し振で帰って来た屋根の下に、古い麻蚊屋の香を嗅ぎながら横になって見ると、その日一日心配しつづけたことがまだ岸本の胸を去らなかった。