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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
三十一
そこの石垣は以前自分の腰掛けたところだ、ここの船宿の前は以前自分の小舟を出したところだ、と言うことが出来た。七年住慣れた町の方まで歩いて行って見た。旧い住居であった家は、表の見附からして改まり、人も住み変り、唯往来から見える二階のところに彼の残した硝子戸だけが遠い旅に出るまでのことを語っていた。彼は旧馴染の家々をも訪ねて見た。その中には、日に焼けた彼の頬と、白くなった彼の鬢と、髭の無くなった彼の顔とを見つめたぎり、しばらくその訪問者が旅から帰った彼であることを信じられないかのような面持の人さえあった。
岸本はその町について柳橋を渡りやがて両国橋の近くに出た。旅にある日、ソーン、ヴィエンヌ、ガロンヌなぞの河畔から遠く旅情を送った隅田川がもう一度彼の眼前に展けた。あのオステルリッツの石橋の畔からセエヌ河の水を見て来た眼で、彼は三年の月日の間忘れられなかった隅田川の水が川上の方から渦巻き流れて来るのを見た。
三十一
家をさして品川行の電車で帰って行く度に、岸本はよく新橋を通過ぎて、あの旧停車場から旅に上った三年前のことを思出した。その日の帰路にも彼は電車の窓から汐留駅と改まった倉庫の見える方を注意して、市街の誇りと光輝とを他の新しいものに譲ったような隠退した石造の建築物を望んで行った。