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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

十一

「宝珠院妙心大姉」

十一

「汝、わが悲哀よ、猶賢く静かにあれ」

この文句を口吟んで見て、岸本は青い紙の蓋のかかった洋燈で自分の書斎を明るくした。「君の家はまだランプかい。随分旧弊だねえ」と泉太の小学校の友達にまで笑われる程、岸本の家では洋燈を使っていた。彼はその好きな色の燈火のかげで自分で自分の心を励まそうとした。あの赤熱の色に燃えてしかも凍り果てる北極の太陽に自己の心胸を譬え歌った仏蘭西の詩人ですら、決して唯梟のように眼ばかり光らせて孤独と悲痛の底に震えてはいなかったことを想像し、その人の残した意味深い歌の文句を繰返して見て、自分を励まそうとした。

黄ばんだ洋燈の光は住慣れた部屋の壁の上に、独りで静坐することを楽みに思う岸本の影法師を大きく写して見せていた。岸本はその影法師を自分の友達とも呼んで見たいような心持でもって、長く生きた昔の独身生活を送った人達のことを思い、世を避けながらも猶かつ養生することを忘れずに芋を食って一切の病気を治したというあの「つれづれ草」の中にある坊さんのことを思い、出来ることならこのまま子供を連れて自分の行けるところまで行って見たいと願った。