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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

こう言う兄を前にして、二人ぎりで差向いに坐って見ると、岸本の胸には節子のことが騒がしく往ったり来たりした。とても彼にはこの仮の書斎で兄と共に茶話を楽しむほどの心には成れなかった。義雄の話の中には、長いこと弟の子供の世話で骨の折れたことや、岸本の留守中に嫂が泉太や繁を断りたいと言出して、それを兄が頑として聞入れなかったということなぞが、それからそれへと引出されて行った。

「一旦俺は自分の身に引受けたことは、飽までもそれを守り貫く。子供のことばかりじゃないテ。これは言うべきことで無いと思ったら、仮令自分の妻にだって決して話さん」

義雄の話がちょいちょい岸本の痛いところへ触りかける度に、岸本はそれを言出されるのを苦痛に感じた。兄はまた泉太や繁の話に戻って、あの子供等が嫂の方に懐かないで、仮令叱られても何でも兄の方に懐いて来るということなぞを岸本に語り聞かせた。

二時間ばかりも義雄は弟の二階に居た。岸本は手を揉みながら二階を降りて行く兄を見送った。彼は独りになってから、その日の兄の置いて行った話を自分の胸に纏めて見た。要するに嫂の噂であった。嫂の愚痴の源を、兄はあの嫂に隠していることがあるからだというその兄弟だけの深い秘密に持って行って見せたのであった。