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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
「とにかく、御苦労だった」
と祖母さんも言って、一頃は電車に乗ってさえ眩暈が起ったほどの節子に引越の手伝いの出来る時が来たことを悦び顔に見えた。
その翌日は朝から雨が来た。荷造りして待っていた嫂達は、否でも応でも引越を延ばさねば成らなかった。祖母さんも、嫂も、かわるがわる北向の縁側に出て、晴れそうもない空を眺めた。郷里の方に居る頃からずっと一緒に暮し慣れて来た祖母さんをこの高輪に残して置いて行くというだけでも、嫂に取っては心細そうであった。
「こんな雨なぞが降らないで、早く追出せば可いのになあ」
と嫂は半分独語のように言って、岸本をいやがらせた。
一日降り続いた雨は谷中行の人達を引留めて引越の支度を十分にさせたばかりでなく、祖母さんや岸本の側で語り暮す時をも与えた。岸本の方に頼んで置いた下女が来て、台所の仕事を任せて置かれるだけでも、節子にはそれだけの身の余裕があった。岸本が旅にあった頃、欧羅巴の戦争が始まって二度目の降誕祭を迎える前に、彼の帰国の噂が一度留守宅へ伝えられた時の話なぞも、めずらしく節子の口から出て来た。
「父さんがお帰りなさるッて、泉ちゃんも繁ちゃんも夜遅くまで起きてたことが有りますよ。