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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
五十五
彼はまた、巴里の下宿の方で彼女の手紙を読む度に、どうしてあれほどの深傷を負わせられた人がかくも悔恨を知らないだろうと不思議に思い思いしたその自分の心持を思出すことが出来る。若い時代の娘の心をもって生れて来た彼女のような人が非常に年齢の違った自分のようなものに対って、彼女の小さな胸をひろげて見せるような、そんなことが有り得るであろうかと思い思いしたその自分の心持をも思出すことが出来る。彼はその疑問を彼女の母性にまで持って行って、それによって彼女が不義の観念を打消そうとしているのではないかと疑って見たことをも思出すことが出来る。この一切の疑問が漸く解けかかって来た。
五十五
その時になって、仮令誰には赦されなくとも、岸本はあの不幸な姪だけには赦されたことを悟るように成った。彼は節子に対する自分の誠実を意識すればするほど、長い間の罪過の苦痛から脱却して行かれるばかりでなく、あれほど身を羞じた一生の失敗をも、我と我身を殺そうとまでした不徳をも、どうやらそれを全く別の意味のものに変えることが出来るような、その人生の不思議に行って衝当った。
巴里に在留した岡のことが、あの画家がよく産科病院前の下宿へ来ては置いて行った話なぞが、自然と岸本の胸に浮んで来た。