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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
十四
曾てそれらの刺戟に心を動かされたこともなかったと言って見たところで、それが何の弁解の足しにも成らないのみか、あべこべに洒脱をよそおい謹厳をとりつくろう虚偽と偽善との行いのように自分ながら疑われて来た。のみならず、小唄の一つも聞いて見るほどの洒落気があるならば、何故もっと賢く適当に、独身者として大目に見て貰うような身の処し方をしなかったか、とこう反問するような声を彼は自分の頭脳の内部ですら聞いた。
しばらく岸本は何事も考えられなかった。
部屋には青い蓋の洋燈がしょんぼり点っていた。がっしりとした四角な火鉢にかけてある鉄瓶の湯も沸いていた。岸本は茶道具を引寄せて、日頃好きな熱い茶を入れて飲んだ。好きな巻煙草をもそこへ取出して、火鉢の灰の中にある紅々とおこった炭の焔を無心に眺めながら、二三本つづけざまに燻して見た。
壊れ行く自己に対するような冷たく痛ましい心持が、そのうちに岸本の意識に上って来た。
十四
簾がある。団扇がある。馳走ぶりの冷麦なぞが取寄せて出してある。親戚のものは花火を見ながら集って来ている。甥の細君が居る。女学生時代の輝子が居る。郷里の方から東京へ出て来たばかりの節子も姉に連れられて来ている。