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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

六十四

なかなか良さそうな人だがナア」

義雄の話は結局弟に再婚を勧めることに落ちて行った。岸本は黙ってしまった。

「や。こんなに話し込むんじゃ無かった。磯部でゆっくり話せることだ」

と義雄は思いついたように懐中時計を出して見て、嫂が階下から運んで来た茶を一口飲んで、いそがしそうに起ち上った。

六十四

義雄は出て行った。岸本は帰国の日以来初てと言っても可いほど寂しく静かに遊び暮せるような半日の残りの時をその二階に見つけた。彼は温泉行に誘いに来た自分の心持を兄に汲んで貰うことは出来ても、黙って結婚に関した話を聞いている自分の心持を最早兄には説明することが出来ないように成った。

手紙でも書こう。その旅行先のような気分で岸本は節子の部屋を借りに行った。義雄の部屋から一間薄暗い座敷を隔てて二階で一番明るそうな小部屋がある。窓によせて新しい机が置いてある。机の上には節子が既に用意して置いてくれたと見え、巻紙や新しい筆なぞが載せてある。

「谷中の家の二階の三畳から御便りいたします」と節子が引越の当時高輪へ書いてよこしたのも、その部屋だ。岸本はそこに身を置くことをめずらしく思って、独りで机の前に坐って見た。