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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
七十六
あの頂いたルウソオの懺悔録の中に、真の幸福は述べられるもので無い、唯感ぜられる、そして述べ得られないだけそれだけよく感ぜられるというところが御座いますね。ほんとにそうでございますね」
七十六
日に日に延びて行く優しい女性の姿が岸本の眼にあった。以前に思い比べると、今彼の眼にある節子は殆ど別の人のように延びて来た。彼は極く若かった頃からの節子のことをいろいろと胸に浮べて見た。郷里の方から東京へ出て来たばかりの十五六歳の頃、まだ短い着物なぞを着て姉の輝子と一緒によく以前の家の方へ遊びに来た学校時代――彼女の女らしい生涯が今のように開けて来ようとは全く岸本には想像もつかなかった。彼は節子が長い長い沈黙から――彼女自身の言草ではないが、まるで口業でも修めていたかのような沈黙から動き変って来て、今までめったにそんなものを作ったところを見たことも無いような人が自分にくれる手紙のような歌などを書いてよこしたということをめずらしく思った。彼は節子の歌を繰返して、かずかずの言葉のかげに隠された女らしい心持を想像して見た。彼女が世の幸福を捨てても岸本に随おうとしているのは、鴛鴦の契りも羨ましくないと彼女の歌に言いあらわしてある通りだ。