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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

九十三

だけでも容易では無かった。

九十三

未だ岸本は一切をそこへ曝け出してしまう程の決心もつきかねていたが、自分の苦しい出発点に遡って根本から考え直して掛ろうとするには、どうしてもその心の声を否むことが出来なかった。それをするには、いろいろな人が懺悔を書いた例に倣って、自分も愚しい著作の形でそれを世間に公にしようと考えるように成った。「あの事」を書いたら。そんなことは以前の彼には考えられもしなかったのみか、なるべく「あの事」には触れまいとして節子から来た手紙は焼捨てるとか引裂いて捨てるとかした以前の彼の眼から見たら、まるで狂気の沙汰であった。こんなところへ岸本を導いたものは節子に対する深い愛情だ。

懺悔へ。岸本はどうしてこんな心に成れたろうと時々自分ながらびっくりすることも有った。彼の心がその方に向おうとしただけでも、何となく彼の歩いて行く路には新しい未来が感じられて来た。種々な事が先の方に起って来そうにも思われた。その先の方には今々どうすることも出来ないでいるものの本当の意味の解決が求められそうにも思われた。長いこと附纏われた暗い秘密を捨てようとする心は、未だそれを捨てもしてない前から、既にもうこうした翹望を起させた。