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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
ある朝……十月の二十日過ぎの頃、岸本はひどい雨の音で眼がさめた。未だ夜は明けきらなかった。一年半足らず暮して見た離座敷の南側にある窓の雨戸の透間の薄明るくなったのが彼の眼に映った。枕の上で聴くと、何処から伝わって来るともなく虫の鳴声がする。それが秋雨の音の中で聞える。ややしばらく彼は枕に頭をつけたままで、窓の外の庭草に降りそそぐ夜明がたの雨を聞いていたが、あの巴里の下宿の方に居る時分どうかするとよく眠られないで夜中に眼をさましたことを思い出した。その度に寝台を下りて、暗い旅の窓の側で仏蘭西の煙草なぞを吸んで見て、復た寝台に上ったことを思い出した。何時の間にか彼の心は谷中の家の方へ行った。そこに泊っている民助兄がどういう心持で自分の懺悔を読んで見てくれたかを思い、またどういう心持でこの下宿へ尋ねて来てくれるかを思った時は、自分の身を羞じる心と、遠く行く節子を憐む心と、この生に徹したいと思う心と、それらの心が一緒になって耳に聞える虫の鳴声と混り合った。彼は窓の外で鳴く虫が秋雨に打たれているのか、自分が冷い思いをしているのか、その差別もつけかねるように思いながら、次第に明るくなって行く朝を迎えた。