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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

六月の末日が、段々近づいて来るに従って、父は毎日のように金策に奔走した。が、三万を越している巨額の金が、現在の父に依って容易に、才覚さるべき筈もなかった。

朝起きると、父は蒼ざめながらも、眼丈は益鋭くなった顔を、曇らせながら、黙々として出て行った。玄関へ送って出る瑠璃子も、

「お早くお帰りなさいまし。」と、挨拶する外は何の言葉もなかった。が、送り出す時は、まだよかった。其処に、僅でも希望があった。が、夕方、その日の奔走が全く空に帰して、悄然と帰って来る父を迎えるのは、何うにも堪らなかった。父と娘とは、黙って一言も、交わさなかった。お互の苦しみを、お互に知っていた。

今迄は、元気であった父も、折々は嗟嘆の声を出すようになった。夕方の食事が済んで、父娘が向い合っている時などに、父は娘に詫びるように云った。

「皆、お父様が悪かったのだ。自分の志ばかりに、気を取られて、最愛の子供のことまで忘れていたのじゃ。俺の家を治めることを忘れたために、お前までがこんな苦しい思いをするのだ。」

父の耿々の気が――三十年火のように燃えた野心が、こうした金の苦労のために、砕かれそうに見えるのが、一番瑠璃子には悲しかった。