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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

二

潔癖な恋人が、父の非行を聴いて、どんなに悲嘆するかは、瑠璃子にもよく分っていた。自分のふとした罵倒が、瑠璃子父娘に、どんなに禍しているかと云うことを聴けば、熱情な恋人は、どんな必死なことをやり出すかも分らない。そう思うと、瑠璃子は、出来る丈は、自分の胸一つに収めて、恋人にも知らすまいと思った。

父や瑠璃子の苦しみなどとは、没交渉に、否凡ての人間の喜怒哀愁とは、何の渉りもなく、六月は暮れて行った。

二

もう、明日が最後の日という六月二十九日の朝だった。荘田勝平の代理人と云う男が、瑠璃子の家を訪ずれた。鷲の嘴のような鼻をした四十前後の男だった。詰襟の麻の洋服を着て、胸の辺に太い金の鎖を、仰々しくきらめかしていた。

父は、頭から面会を拒絶した。瑠璃子が、その旨を相手に伝えると、相手は薄気味の悪い微笑をニヤリと浮べながら、

「いや、お会い下さらなくっても、結構です。それでは、お嬢様から、よろしくお伝え下さい。外の事ではございませんが、今度手前共の主人が、拠ん所ない事情から、買入れました、此方の御主人に対する証文の中、一部の期限が明日に当っていますから、是非ともお間違なくお払い下さるように、当方にも事情がございまして、何分御猶予いたすことが出来ませんから、そのお積りで、お間違のないよう。