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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

ユージット

一

「瑠璃さん! お前にも心配をかけて済まなかったのう。もう安心するがいゝ。これで何事もないのだ。」

父は、客が帰った後で、瑠璃子の肩に手をかけながら慰め顔にそう云った。

が、瑠璃子の心は、怏々として楽しまなかった。

『お父様! あなたは、あの大金を何うして才覚なさったのです。』

そう云う不安な、不快な、疑いが咽喉まで出かゝるのを、瑠璃子は、やっと抑え付けた。

ユージット

一

一家の危機は過ぎた。六月は暮れて、七月は来た。が、父の手文庫の中に奇蹟のように見出された、三万円以上の、巨額な紙幣に対する、瑠璃子の心の新しい不安は、日の経つに連れても、容易には薄れて行かなかった。

七月も半になった。庭先に敷き詰めた、白い砂利の上には、瑠璃子の好きな松葉牡丹が、咲き始めた。真紅や、白や、琥珀のような黄や、いろ/\変った色の、少女のような優しい花の姿が、荒れた庭園の夏を彩る唯一の色彩だった。

荘田の、思い出す丈でも、憤ろしい面影も、だん/\思い出す回数が、少くなった。鷲鼻の男の顔などは、もう何時の間にか、忘れてしまった。凡てが、一場の悪夢のように、その厭な苦い後感も何時しか消えて行くのではないかと思われた。