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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

もし、臨検の巡査にでも、咎められたら、何と返事をしたらいゝだろう。死人に口なく、死に去った青年が、自分のために、弁解して呉れる筈はない。自分は、人の死屍から、高貴な物品を、剥ぎ取る恐ろしい卑しい盗人と思われても、何の云い訳もないではないか。青年の遺言を受けたと抗弁しても、果して信じられるだろうか。

そう考えると、信一郎の心は、だん/\迷い始めた。妙ないきがかりから、他人の秘密にまで立ち入って、返すべき人の名前さえ、判然とはしない時計などを預って、つまらぬ心配や気苦労をするよりも、たゞ乗り合わした一個の旅の道伴として、遺言も何も、聴かなかったことにしようかしら。

が、こう考えたとき、信一郎の心の耳に、『お願いで――お願いです。時計を返して下さい。』と云う青年の、血に咽ぶ断末魔の悲壮な声が、再び鳴り響いた。それに応ずるように、信一郎の良心が、『貴様は卑怯だぞ。貴様は卑怯だぞ。』と、低く然しながら、力強く囁いた。

『そうだ。そうだ。兎に角、瑠璃子と云う女性を探して見よう。たとい、それが時計を返すべき人でないにしろ、その人は屹度、此の青年に一番親しい人に違いない。