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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

「運転手の過失もありますが、どうも此方が自分で扉を、開けたような形跡もあるのです。扉さえ開かなかったら、死ぬようなことはなかったと思います。」

「なるほど。」と、巡査は何やら手帳に、書き付けてから云った。「いずれ、遺族の方から起訴にでもなると、貴君にも証人になって戴くかも知れません。御名刺を一枚戴きたいと思います。」

信一郎は乞わるゝまゝに、一枚の名刺を与えた。

丁度その時に、医者は血に塗みれた手を気にしながら、車内から出て来た。

「ひどく血を吐きましたね。あれじゃ負傷後、幾何も生きていなかったでしょう。」と、信一郎に云った。

「そうです。三十分も生きていたでしょうか。」

「あれじゃ助かりっこはありません。」と、医者は投げるように云った。

「貴君もとんだ災難でした。」と、巡査は信一郎に云った。「が、死んだ方に比ぶれば、むしろ命拾いをしたと云ってもいゝでしょう。湯河原へ行らっしゃるそうですね。それじゃ小使に御案内させますから真鶴までお歩きなさい。死体の方は、引受けましたから、御自由にお引き取り下さい。」

信一郎は、兎に角当座の責任と義務とから、放たれたように思った。