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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
二
妾が、貴方のために、どんなことをしたか、どんなことをするか、それをお試しになるために、直ぐ此の自動車でいらしって下さい!瑠璃子』
手紙の文句を読んでいる中に、瑠璃子夫人の怪しきまでに、美しい記憶が、殺されそこなった蛇か何かのように、また信一郎の頭の中に、ムク/\と動いて来た。
夫人の手紙を、読んで見ると、夫人の心持が、満更虚偽ばかりでもないように、思われた。あの美しい夫人は、彼女を囲む阿諛や追従や甘言や、戯恋に倦き/\しているのかも知れない。実際彼女は純真な男性を、心から求めているかも知れない。そう思っていると、夫人の真紅の唇や、白き透き通るような頬が、信一郎の眼前に髣髴した。
が、次ぎの瞬間には青木淳の紫色の死顔や、今先刻見たばかりの、青木淳の弟の姿などが、アリアリと浮んで来た。
二
手紙を読んだ刹那の陶酔から、醒めるに従って、夫人に対する憤ろしい心持が、また信一郎の心に甦って来た。こうした、人の心に喰い込んで行くような誘惑で、青木淳を深淵へ誘ったのだ。否青木淳ばかりではない、青木淳の弟も、あの海軍大尉も、否彼女の周囲に蒐まる凡ての男性を、人生の真面目な行路から踏み外させているのだ。