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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

」

赤帽が命を受けて馳け去ったときだった。今まで他の赤帽を指図して手荷物を下させていた青年が驚いて瑠璃子の方を振り顧った。

「奥さん! 自動車ですか。」

青年の語気は可なり真面目だった。

「そうです。いけないのですか。」

瑠璃子は、軽く揶揄するように反問した。

「あんなにお願いしてあったのに聴いて下さらないのですか。」

温和しい青年は、可なり当惑したように、暗い表情をした。

瑠璃子は、華やかに笑った。

「あら! まだ、あんなことを気にしていらっしゃるの。妾貴君が冗談に云っていらしったのかと思ったのですよ。兄さんが、自動車で死なれたからと云って、自動車を恐がるなんて、迷信じゃありませんか。男らしくもない。自動車が衝突するなんて、一年に一度あるかないかの事件じゃありませんか。そんなことを恐れて、自動車に乗らないなんて。」

夫人は、子供の臆病をでも叱するように云った。

「でも、奥さん。」青年は、可なり懸命になって云った。「兄が、やっぱり此の国府津から自動車に乗ってやられたのでしょう。それからまだ一月も経っていないのです。殊に、今度箱根へ行くと云うと、父と母とが可なり止めるのです。