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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
闇の中で、しかとは判らないが、母の左の手と、青年の右の手とが、堅く握り合せられているように、美奈子には感ぜられた。
美奈子は、恐ろしいものを見たように、身体がゾク/\と顫えた。彼女は、地が口を開いて、自分の身体を此のまゝ呑んで呉れゝばいゝとさえ思った。悲鳴を揚げながら、逃げ出したいような気持だった。が、身体を動かすと母達に気付かれはしないかと思うと、彼女は、動くことさえ出来なかった。彼女は、そのまゝ椅子に凍り付いたように、身体を小さくしながら、息を潜めて、母達が行き過ぎるのを待っていようと思った。が、あゝそれが何と云う悪魔の悪戯だろう! 母達は、だん/\美奈子のいる方へ歩み寄って来るのであった。彼女の心は当惑のために張り裂けるようだった。母と青年とが、若し自分を見付けたらと思うと、彼女の身体全体は、益々顫え立って来た。
が、母と青年とは、闇の中の樹蔭の椅子に、美奈子がたった一人蹲まっていようとは、夢にも思わないと見え、美奈子のいる方へ、益々近づいて来た。美奈子は、絶体絶命だった。母達が気の付かない内に、自分の方から声をかけようと思ったが、声が咽喉にからんでしまって、何うしても出て来なかった。