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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
が、美奈子の当惑が、最後の所まで行った時だった。今まで、美奈子の方へ真直に進んで来ていた母達は、つと右の方へ外れたかと思うと、其処に茂っている樹木の向う側に、樹木を隔てゝ美奈子とは、背中合せの椅子に、腰を下してしまった。
美奈子は、苦しい境遇から、一歩を逃れてホッと一息した。が、また直ぐ、母と青年とが、話し初める会話を、何うしても立聞かねばならぬかと思うと、彼女はまた新しい当惑に陥ちていた。彼女は母と青年とが、話し初めることを聞きたくなかった。それは、彼女にとって余りに恐ろしいことだった。殊に、母と青年とが、ああまで寄り添うて歩いているところを見ると、それが世間並の話でないことは、余りに判りすぎた。彼女は、自分の母の秘密を知りたくなかった。今まで、信頼し愛している母の秘密を知りたくなかった。美奈子は、自分の眼が直ぐ盲になり、耳が直ぐ聾することを、どれほど望んでいたか判らなかった。若し、それが出来なければ、一目散に逃げたかった。若し、それも出来なかったら、両手で二つの耳を堅く/\掩うていたかった。
が、彼女がどんなに聴くことを、厭がっても、聞えて来るものは、聞えて来ずには、いなかったのである。