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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
彼女は、もう一刻も、坐っていることが出来なかった。その椅子が針の蓆か、何かでもあるように、幾度も腰を上げようとした。が、距離は、わずかに二間位しかない。草を踏む音でも聞えるかも知れない。殊に樹木の蔭を離れると、如何なる機みで母達の眼に触れるかも知れない。母達が、自分がいたことに気が付いたときの、駭きと当惑とを思うと、美奈子の立ち上ろうとする足は、そのまゝすくんでしまうのだった。
美奈子が、退っ引きならぬ境遇に苦しんでいることを、夢にも知らない瑠璃子は、前のように落着いた声で静に云った。
「だから、解っていると云っているのじゃないの。貴君のお心は、よく解っていると云っているのじゃないの。」
青年の声は、前よりももっと迫っていた。
「本当ですか。本当ですか。本心でそう仰しゃっているのですか。まさか、口先丈で云っていらっしゃるのじゃありますまいね。」
青年が、そう訊き詰めても母は、黙っていた。青年は、愈々焦った。
「本心ならば、証拠を見せて下さい。貴女のお言葉丈けは、もう幾度聴いたか分らない。貴女は、それと同じような言葉を、僕に幾度繰返したか分らない。僕は言葉丈ではなく、証拠を見せて貰いたいのです。