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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

返すべき時計のことなどよりも、美しき夫人の面影の方が、より多く彼の心を占めているのに気が付いた。彼は自分の心持の中に、不純なものが交りかけているのを感じた。『お前は時計を返す為に、あの夫人に逢いたがっているのではない。時計を返すのを口実として、あの美しい夫人に逢いたがっているのではないか。』と云う叱責に似た声を、彼は自分の心持の中に感じた。それほど、瑠璃子と呼ばれる女性の美しさが、彼の心を悩まし惑わしたが、信一郎は懸命にそれから逃れようとした。自分の責任は、たゞ青年の遺言通に、時計を真の持主に返せばいゝのだ。荘田瑠璃子が、どんな女性であろうとあるまいと、そんな事は何の問題でもないのだ。たゞ、夫人が本当に時計の持主であるかどうかゞ、問題なのだ。自分はそれを確めて、時計を返しさえすれば、責任は尽きるのだ。信一郎は、そう強く思い切ろうとした。が、幾何強く思い切ろうとしても、白孔雀を見るような、たけた若き夫人の姿は、彼が思うまいとすればするほど、愈鮮明に彼の眼底を去ろうとはしなかった。

青い葉桜の林に、キラ/\と夏の風が光る英国大使館の前を過ぎ、青草が美しく茂ったお濠の堤に沿うて、電車が止まると、彼は急いで電車を降りた。