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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
その家は、信一郎にも最初から判っていた。信一郎は、電車から降りたとき、直ぐその家に眼を与ったのであるが、花崗岩らしい大きな石門から、楓の並樹の間を、爪先上りになっている玄関への道の奥深く、青い若葉の蔭に聳える宏壮な西洋館が――大きい邸宅の揃っている此界隈でも、他の建物を圧倒しているような西洋館が荘田夫人の家であろうとは夢にも思わなかった。
彼は、予想以上に立派な邸宅に気圧されながら、暫らくはその門前に佇立した。玄関への青い芝生の中の道が、曲線をしている為に車寄せの様子などは、見えなかったが、ゴシック風の白煉瓦の建物は瀟洒に而も荘重な感じを見る者に与えた。開け放した二階の窓にそよいでいる青色の窓掩いが、如何にも清々しく見えた。二階の縁側に置いてある籐椅子には、燃えるような蒲団が敷いてあって、此家の主人公が、美しい夫人であることを、示しているようだ。
入ろうか、入るまいかと、信一郎は幾度も思い悩んだ。手紙で訊き合して見ようか、それでも事は足りるのだと思ったりした。彼が、宏壮な邸宅に圧迫されながら思わず踵を廻そうとした時だった。噴泉の湧くように、突如として樹の間から洩れ始めた朗々たるピアノの音が信一郎の心をしっかと掴んだのである。