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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
「衝突の模様は、新聞にもある通ですが、それでも負傷から臨終までは、先ず三十分も間がありましたでしょう。その間、運転手は医者を呼びに行っていましたし、通りかゝる人はなし、私一人が臨終に居合わしたと云うわけですが、丁度息を引き取る五分位前でしたろう、青木君は、ふと右の手首に入れていた腕時計のことを言い出したのです。」
信一郎が、茲まで話したとき、夫人の面は、急に緊張した。そうした緊張を、現すまいとしている夫人の努力が、アリ/\と分った。
「その時計を何うしようと、云われたのでございますか。その時計を!」
夫人の言葉は、可なり急き込んでいた。其の美しい白い顔が、サッと赤くなった。
「その時計を返して呉れと云われるのです。是非返して呉れと云われるのです。」信一郎も、やゝ興奮しながら答えた。
「誰方にでございましょうか。誰方に返して呉れと云われたのでございましょうか。」
夫人の言葉は、更に急き込んでいた。一度赤くなった顔が、白く冷たい色を帯びた。美しい瞳までが鋭い光を放って、信一郎の答えいかにと、見詰めているのだった。
信一郎は、夫人の鋭い視線を避けるようにして云った。