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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
ボルドオのサン・ジャン停車場前の旅館では、何がなしに彼は国の方へ宛てて旅の便りを書送りたいと思う心が動いた。やや単調ではあったが汽車の窓から望んで来たボルドオ附近の平野、見渡すかぎり連り続いた葡萄畑、それらの眺望はまだ彼の眼にあった。幾度となく彼は旅館の一室で暖炉の前に紙を展げて見たり、部屋の内をあちこちと歩いて見たりして、とかく思うように物書くことも出来ないのを残念に思った。部屋の壁には小さな海の画の模写らしい額が掛っていた。それを見てさえ彼の胸には久しぶりで海に近く来た旅の心持を浮べた。
深い秋雨に濡れながら岸本は町を出歩いた。そこにある大使館を訪ねて巴里の方の様子を聞くために。あるいはサン・タンドレの寺院を見、あるいはボルドオの美術館なぞを訪ねるために。時とすると新たに戦地の方へ向おうとする歩兵の群が彼の行く道を塞いだ。灰色がかった青地の新服を着けた兵士等の胸には黄や白の菊の花が挿され、銃の筒先にまでそれが翳されてあった。夫を、兄弟を、あるいは情人を送ろうとして、熱狂した婦人がその列に加わり、中には兵士の腕を擁えて掻口説きながら行くのも有った。