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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
その疎な枝と枝の間を通して、千村の旧い部屋の窓や、その下の方の珈琲店の暖簾や、食事の度に千村が通って来た町の道路などをよく見ることが出来た。あの人達が去った後でもまだ続いている欧羅巴の戦争、独り見る巴里の三月の日あたり、それらの耳目に触れるものから起って来る感覚は一層岸本の心を居残る旅らしくした。彼はその窓際に立って遠く帰って行く旅の人を見送ろうとするかのように、千村の航海を想像した。彼の心は神戸から自分を乗せて駛って来た仏蘭西船へ行き、あの甲板の上から望んで来た地中海へ行き、紅海へ行き、亜剌比亜海へ行った。恐ろしい永遠の真夏を見るような印度洋の上へも行った。コロンボ、新嘉坡、その他東洋の港々の方へも行った。彼は往きと還りの船旅を思い比べ、欧羅巴を見た眼でもう一度殖民地を見て行く時の千村を想像し、漠然とした不安や驚奇やは減ずるまでも、より豊かな旅の感覚の働きは反って還りの航海の方に多かろうと想像した。彼はまた千村が再び母国を見得るの日を思いやって、二年前一切を捨てる思いをして遠く波の上を急いで来た自分の身にも、それと同じような日がいずれは来るように成ったことを不思議にさえ思った。