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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

奥の部屋の隅には、旅の鞄もまだそのままにして置いてあった。往きと還りの船床の番号だの、貼札だの、海外の諸国を廻ったそれらの印の附いた鞄の中からは、岸本が巴里の下宿の方でさんざん着た和服の類が出て来た。彼は裏の擦切れた下着や、裾から綿の出た褞袍なぞを取出して、それを次の部屋に居る嫂や祖母さんに見せ、還りの航海中に自分で面白い恰好に綻びを縫い着けて来た旅の単衣なぞをも取出して見せた。

そこへ節子が来た。彼女は祖母さん達の側に坐って、皆の話に耳を傾けていた。何事も知らずに郷里の方から出て来たという祖母さん、叔父の旅に出た動機は母親にまでひし隠しに隠してあるという節子――その女ばかりの集りの中で、岸本はいかに自分のことを考えているやも測り難いような嫂を見た。

庭の方では次郎の独りで歌い歩く声が起った。この子供は時々縁側から上って来て、皆の見ている前で母親の懐を探った。

「次郎ちゃん、叔父さんが見てお笑いなさるよ」

と嫂は言いながらも、誰よりもその末の児が可愛くて可愛くてならないと云う風で、その年齢になってもまだ乳房を吸わせていた。岸本の鞄の底からは、泉太や繁の世話になった人達へと用意して来た志ばかりの巴里土産も出て来た。