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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
下宿で暮して見る最終の晩が来た。夕飯後からは岸本は殊にいそがしい思いをした。子供等は新しい住居の方へ行くことを楽みにして、名残を惜む宿の女中を相手に引越しの前らしい時を送っていた。そのごたごたした中で岸本は節子から電話の掛って来たことを知った。
「叔父さんでいらっしゃいますか……」
母屋の電話口で聞くこの声は、復た何時聞くことの出来るかと思われるような懐かしい声であった。互に見ることの出来ない大きな扉の内と外とで別離を告げるような声であった。
「え――え――え」
混線した電話の雑音が途切れた後で、復た節子の声が彼の耳に伝わって来た。
「台湾の伯父さんにお前のことを頼んで置いた――これから先の方針の話でも出た時にだね、お前の意志だけは重んじるようにッて、俺の方でよく頼んで置いた――無論それはお前の自由に任せるッて、返事をしてくれた――」
「え――台湾の伯父さんがそう言って下さいましたか――」と節子の声で。
周囲に人の出入のある電話口で、岸本はそれ以上の心を伝えることが出来なかった。誰が聞いても差支のないような、極くありふれた言葉に託して、言おうとしても言えない言葉を送るの外はなかった。