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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
「今度お引越しになるお宅の番地を伺って置きましょう――」と節子の声で。「発ちます前に、お届けしたいものが有りますからね――一寸待って下さいね、伺ったお処を書きつけますからね――」
しばらく岸本は電話口に立っていた。眼に見えないところで節子が手帳でも取出して、此方から知らせる町名番地などを書取る光景が想像せられた。
「それから今度のお宅の御近所に電話がありましたら、その番号も伺って置きましょう――」と復た節子の声で。
「もうそれには及ぶまい」と岸本は返事をした。「ここでお別れとしよう――好い旅をして来て下さい――台湾の伯母さんの側へ行って、しっかりお手伝いをして来て下さい――頼みますぜ――そんなら、御機嫌よう――」
「叔父さん――」
最後に岸本を探すような節子の声が聞えて来た。別離を惜んで立ち尽しているような節子も可哀そうに思い、岸本は一ト思いにその電話を切った。
百三十八
愛宕下の下宿から天文台の附近に見つけた住居までは、谷底から岡の上へ通うほどの距離しかなかった。岸本は三人の子供と婆やとを引連れて、皆一緒に歩いて新しい家に移った。
漸く岸本は自分の住居らしい住居に帰国後とかく定まらなかった書斎の置き場所を見つけることが出来た。