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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

こう岸本は考えて、自分の小さな智慧や力でどうすることも出来ないような「生命」の趨くままに一切を委ねようとした。

岸本は節子から別に送り届けて来た小包を開けて見た。彼女が預かって置いてくれという風呂敷包の中のものは他の品でもなかった。それは彼女の手箱であった。その中からは高輪時代の形見らしい朝顔の押花も出て来たし、例の男の児の人形も出て来た。彼女が日頃の心やりとしたもの、何となく香の残ったもの、そういうものがそっくり入れてあった。何時の間にか彼女は岸本の古い写真をも集めていたと見え、少年の時から青年の頃へかけての面影が幾枚となくその中から出て来た。その手箱の底には岸本の写真と彼女自身のとを合せて納って置くような女らしいこともしてあった。しかし、岸本の心を引いたのは一陽斎豊国の筆とした一枚の古い錦絵であった。岸本の未だ見たことのない図で、三十六句選の一つに見立てて昔の婦人の姿をあらわしたものであった。彼女は閨の中のかなしみをも隠さずに、その古い錦絵に寄せた彼女の女らしい心を残して置いて行こうとしていた。どういう機会で人の目に触れないともかぎらないからと言ってよこしたその手箱の中には、岸本から送った手紙や葉書のほんの用事を書いたようなものまで大切にして入れてあったが、唯珠数だけが無かった。