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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

岸本はあの思慕のしるしとして彼の方から送ったものだけを節子が旅に持って行くことを知った。

午過の日は新しい住居の二階の部屋に満ちた。東北に開けた窓の外には、細くてしかも勁い樫の樹の枝が隣家の庭の方から延びて来ていて、もうそろそろ冬支度をするかのような常磐樹らしい若葉が深い色に輝いた。幾度となく岸本はその窓へ行った。樫の樹の梢の上の方に開けた十一月らしい空を望んだ。そして遠い旅に上る節子のために、その好い日和を祝してやった。台湾の伯父さんに附添いながら、いそいそとして谷中の家を出る旅人としての彼女の姿が岸本の想像に上って来た。

「婆や、今何時だねえ」と岸本はその窓の側から階下へ声を掛けた。

「丁度一時でございます」と婆やは眼鏡を掛けたまま梯子段の下へ来て答えた。

「台湾のお客さまは今東京駅を発つところだよ」

と岸本は言って見せて、復た窓の外を眺めた。青い明るい空のかなたには、遠く流れる水蒸気の群までが澄んで見渡された。彼は香港や上海へ寄港して来た自分の帰国の航海を思い出し、黒潮を思い出し、あの辺の海の色を思い出し、初めて台湾あたりへ踏出して行く節子のためにも彼女の船旅の楽しかれと願った。