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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
が、兄のような時代に生れ、兄のような境遇に育ったものが、兄のように考えるのも亦当然であるように思われた。父も兄も間違ってはいなかった。お互に、間違っていないものが、争っている丈に、その争いは何時が来ても、止むことはなかった。何時が来ても、一致しがたい平行線の争いだった。
母が、昨年死んでから、淋しくなった家庭は、取り残された人々が、その淋しさを償うために、以前よりも、もっと睦まじくなるべき筈だのに、実際はそれと反対だった。調和者としての母がいなくなった為、兄と父との争いは、前よりも激しくなり、露骨になった。
「馬鹿を云え! 馬鹿を云え!」
父のしわがれた張り裂けるような声が、聞えた。それに続いて、何かを擲つような物音が、聞えて来た。
瑠璃子は、その音をきくと、何時も心が暗くなった。また父が兄の絵具を見付けて、擲っているのだ。
そう思っていると、又カンバスを引き裂いているらしい、帛を裂く激しい音が聞えた。瑠璃子は、思わず両手で、顔を掩うたまゝかすかに顫えていた。
芸術と云ったようなものに、粟粒ほどの理解も持っていない父が悲しかった。絵を描くことを、ペンキ屋が看板を描くのと同じ位に卑しく見貶している父の心が悲しかった。