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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

「お前は、父が三十年来の苦闘を察しないのか。お前は、俺の子として、父の志を継ぐことを、名誉だとは思わないのか、俺の志を継いで、俺が年来の望みを、果させて呉れようとは思わないのか。お前は、唐沢の家の歴史を忘れたのか、お前にいつも話している、お祖父様の御無念を忘れたのか。」

それは、父が少し昂奮すれば、定まって出る口癖だった。父は、それを常に感激を以て語った。が、子はそれを感激を以て聞くことが、出来なかった。唐沢の家が、三万石の小大名ではあったが、足利時代以来の名家であるとか、維新の際には祖父が勤王の志が、厚かったにも拘わらず、薩長に売られて、朝敵の汚名を取り、悶々の裡に憤死したことや、その死床で洩した『敵を取って呉れ。』という遺言を体して、父が三十年来貴族院で、藩閥政府と戦って来たことなど、それは父にとって重大な一生を支配する生活の刺戟だったかも知れない。が、子に取っては、彼の画題となる一茎の草花に現われている、自然の美しさほどの、刺戟も持っていなかった。時代が違ってい、人間が違っていた。何の共通点もない人間同士が、血縁でつながっていることが、何より大きい悲劇だった。