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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
「老婢はいないのかしら!」そう呟くと、瑠璃子は自分で、取次ぎするために、階段を下りかけた。
「大抵の人だったら、会えないと断るのだよ。いゝかい。」
そう言葉をかけた父を振り顧って見ると、相変らず蒼い顫えているような顔色をしていた。
瑠璃子が、階段を下りて、玄関の扉を開けたとき、彼女は訪問者が、一寸意外な人だったのに駭いた。それは、彼女の恋人の父の杉野子爵であったからである。
「おや入らっしゃいまし。」そう云いながら、彼女は心の中で可なり当惑した。杉野子爵は、彼女にとっては懐しい恋人の父だった。が、父と子爵とは、決して親しい仲ではなかった。同じ政治団体に属していたけれども、二人は少しも親しんでいなかった。父は、内心子爵を賤しんでいた。政商達と結託して、私利を追うているらしい子爵の態度を、可なり不快に思っているらしかった。公開の席で、二三度可なり激しい議論をしたと云う噂なども、瑠璃子は何時となく聴いていた。
そうした人を、こんな場合、父に取次ぐことは、心苦しかった。それかと云って、自分の恋人の父を、情なく返す気にもなれなかった。彼女が躊躇しているのを見ると、子爵は不審そうに訊いた。