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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
そう考えると、彼女の心は、墨を流したように暗くなってしまった。
「仕方がない! お通しなさい!」
そう云ったまゝ、父は羽織を着るためだろう、階下の部屋へ下りて行った。
瑠璃子は、恋人の父と自分の父との間に、まつわる不快な感情を悲しみながら、玄関へ再び降りて行った。
「お待たせいたしました、何うぞお上り下さいませ。」
「いや、どうも突然伺いまして。」と、子爵は如才なく挨拶しながら先に立って、応接室に通った。
古いガランとした応接室には、何の装飾もなかった。明治十幾年に建てたと云う洋館は、間取りも様式も古臭く旧式だった。瑠璃子は、客を案内する毎に、旧式の椅子の蒲団が、破れかけていることなどが気になった。
父は、直ぐ応接室へ入った。心の中の感情は可なり隔たっていたが、面と向うと、遉に打ち解けたような挨拶をした。瑠璃子は、茶を運んだり、菓子を運んだりしながらも、主客の話が気にかゝった。が、話は時候の挨拶から、政界の時事などに進んだまゝ用向きらしい話には、容易に触れなかった。
立ち聞きをするような、はしたない事は、思いも付かなかった。瑠璃子は、来客が気になりながらも、自分の部屋に退いて、不安な、それかと云って、不快ではない心配を続けていた。