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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
自分の邪推であったようにさえ、瑠璃子は思った。
その裡に五月が過ぎ六月が来た。政治季節の外は、何の用事もない父は、毎日のように書斎にばかり、閉じ籠もっていた。瑠璃子は何うかして、父を慰めたいと思いながらも、父の暗い眉や凋びた口の辺を見ると、たゞ涙ぐましい気持が先に立って、話しかける言葉さえ、容易に口に浮ばなかった。兄がいる裡は、父と時々争いが起ったものゝ、それでも家の中が、何となく華やかだった。父娘二人になって見ると、ガランとした洋館が修道院か何かのように、ジメ/\と淋しかった。
六月のある晴れた朝だった。兄が家出した悲しみも、不快な求婚に擾された心も、だん/\薄らいで行く頃だった。瑠璃子は、その朝、顔を洗ってしまうと平素の通り、老婢が自分の室の机の上に置いてある郵便物を、取り上げて見た。
父宛に来た書状も、一通り目を通すのが、彼女の役だった。その朝は、父宛の書留が一通雑じっていた。それは内容証明の書留だった。裏を返すと、見覚えのある川上万吉と云う金貸業者の名前だった。
『あゝまた督促かしら。』と、瑠璃子は思った。そうした書状を見る毎に、平素は感じない家の窮状が彼女にもヒシ/\感ぜられるのであった。