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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

一時間余りも、立ち尽したけれども、疲労も眠気も少しも感じなかった。それほど、彼女の神経は、異常に緊張しているのだった。じじと鳴く庭前の、虫の声さえ手に取るように聞えて来た。

十二時を打つ時計の音が、階下の闇から聞えて来ても、父は部屋から出て来る様子はなかった。

夜が、深くなって行くのと一緒に、瑠璃子の不安も、だん/\深くなって行った。十二時を打つのを聞くと、もうじっと、廊下で待っていられないほど、彼女の心は不安な動揺に苛まれた。彼女は、無理にも父を寝させようと決心した。云い争ってでも、父を寝室へ連れて行こうと決心した。彼女が、そう決心して、扉の白い瀬戸物の取手に、手を触れたときだった。何時もは、訳もなくグルリと廻転する取手が、ガチリと音を立てたまゝ、彼女の手に逆うように、ビクリともしなかった。

『内部から鍵をかけたのだ!』

そう思った瞬間に、瑠璃子は鉄槌で叩かれたように、激しい衝動を受けた。気味の悪い悪寒が、全身を水のように流れた。

「お父様!」彼女は、我を忘れて叫んだ。その声は、悲鳴に近い声だった。が、瑠璃子が、そう声をかけた瞬間、今迄静であった父が、俄に立ち上って、何かをしているらしい様子が、アリ/\と感ぜられた。