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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
「瑠璃さん! お前にスッカリ云ってしまおう。俺はな、浅墓にも、相手の罠にかゝって飛んでもないことをしてしまったのだ。あの木下の奴! 彼奴迄が、荘田の犬になっていようとは夢にも悟らなかったのだ。お前に云うのも恥しいが、俺は木下が、あの軸物を預けて行ったとき、フラ/\と魔がさしたのだ。一月でも二月でも何時まででも預けて置くと云う、此方が通知しない中は、取りに来ないと云う。俺は、そう聴いたときに、此の一軸で一時の窮境を逃れようと思ったのだ。素晴らしい逸品だ、殊に俺の手から持って行けば、三万や五万は、直ぐ融通が出来ると思ったのだ。果して融通は出来た。が、それは罠の中の餌に、俺が喰い付いたのと、丁度同じだったのだ。彼奴は、俺を散々餓えさした揚句、俺の旧知を買収して、俺に罠をかけたのだ。飢えていた俺は、不覚にも罠の中の肉に喰い付いたのだ。罠をかける奴の卑しさは、論外だが、かゝった俺の卑しさも笑って呉れ。三十年の清節も、清貧もあったものではない!」
父は、のたうつように、椅子の中で、身を悶えた。之れを聞いている瑠璃子も、身体中が、猛火の中に入ったように、烈しい憤怒のために燃え狂うのを感じた。