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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

荘田の家へ、単身乗り込んで行く以上、召使や運転手や下男などの多数から、どんな暴力的な侮辱を受けるかも知れない。そうした場合の用意に持って来たのだが、然し今になって見ると、それが直也に、もっと血腥い決心の動機となっていた。

暴に報ゆるには暴を以てせよ。相手が金を背景として、暴を用いるなら、こちらは死を背景とした暴を用いてやれ。憤怒と嫉妬とに狂った直也は、そう考えていた。そうした考えが浮ぶと共に、直也の顔には、死そのもののような決死の相が浮んでいた。

「貴君の、この不正な不当な結婚を、中止なさい。中止すると誓いなさい! でなければ……でなければ……」そう云ったまゝ、直也の言葉も遉に後が続かなかった。

「でなければ、何うすると云うのです。あはゝゝゝゝゝ。貴君は、この荘田を脅迫するのですな。こりゃ面白い! 中止しなければ、何うすると云うのです。」

直也は、無我夢中だった。彼は、自分も父も母も恋人も、国の法律も、何もかも忘れてしまった。ただ眼前数尺の所にある、大きい赤ら顔を、何うにでも叩き潰したかった。

「中止しなければ……こうするのです。」

そう叫んだ刹那、彼の右の手は、鉄火の如くポケットを放れ、水平に突き出されていた。