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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

信一郎は、力一杯に今覚えたばかりの青年の名を呼び続けた。

青年は、じっと眸を凝すようであった。劇しい苦痛の為に、ともすれば飛び散りそうになる意識を懸命に取り蒐めようとするようだった。彼は、じいっと、信一郎の顔を、見詰めた。やっと自分を襲った禍の前後を思い出したようであった。

「何うです。気が付きましたか。青木君! 気を確にしたまえ! 直ぐ医者が来るから。」

青年は意識が帰って来ると、此の苟の旅の道連の親切を、しみ/″\と感じたのだろう。

「あり――ありがとう。」と、苦しそうに云いながら、感謝の微笑を湛えようとしたが、それは劃なく襲うて来る苦痛の為に、跡なく崩れてしまった。腸をよじるような、苦悶の声が、続いた。

「少しの辛抱です。直ぐ医者が来ます。」

信一郎は、相手の苦悶のいた/\しさに、狼狽しながら答えた。

青年は、それに答えようとでもするように、身体を心持起しかけた。その途端だった。苦しそうに咳き込んだかと思うと、顎から洋服の胸へかけて、流れるような多量の血を吐いた。それと同時に、今迄充血していた顔が、サッと蒼ざめてしまった。

青年の顔には、既に死相が読まれた。