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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
そうした不安な期待に、心を擾されながらも、彼女はいろ/\と、別荘生活に必要な準備を整えた。彼女は、当座の着替や化粧道具などを、一杯に詰め込んだ大きなトランクの底深く、一口の短剣を入れることを忘れなかった。それが、夫と二人限りの別荘生活に対する第一の準備だった。
父の男爵が、瑠璃子の烈しい執拗な希望に、到頭動かされて、不承々々に結婚の承諾を与えて、最愛の娘を、憎み賤しんでいた男に渡すとき、男爵は娘に最後の贈り物として、一口の短剣を手渡した。
「これは、お前のお母様が家へ来るときに持って来た守り刀なのだ。昔の女は、常に懐刀を離さずに、それで自分の操を守ったものだ。貴女も普通の結婚をするのなら、こんなものは不用だが、今度のような結婚には、是非必要かも知れない。これで、貴女の現在の決心を、しっかりと守るようになさい。」
父の言葉は簡単だった。が、意味は深かった。彼女はその匕首を身辺から離さないで、最後の最後の用意としていた。そうした最後の用意が、如何なる場合にも、彼女を勇気付けた。牡牛のように巨きい勝平と相対していながら、彼女は一度だって、怯れたことはなかった。