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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
が、その謎を解くべき、唯一の手がかりなる時計は、既に夫人の手に渡っている。たゞ、それの受取のように、夫人から贈られた慈善音楽会の一葉の入場券が、信一郎の紙入に、何の不思議もなく残っている丈である。
が、此の何の奇もない入場券と、『是非お出下さいませ。その節お目にかゝりますから。』と云う夫人の言葉とが、今の場合夫人に近づく、従って夫人の謎を解くべき唯一の心細い頼りない手がかりだった。夫人と信一郎とを結び付けている細い/\蜘蛛の糸のような、継ぎであった。尤も、どんなに細くとも、蜘蛛の糸には、それ相応の粘着力はあるものだが。
音楽会の期日は、六月の最後の日曜だった。その日の朝までも、信一郎の心には、妙に躊躇する心持もあった。お前は、青年に対する責任感からだと、お前の行為を解釈しているが、本当は一度言葉を交えた瑠璃子夫人の美貌に惹き付けられているのではないか。彼の心の裡で、反噬するそうした叫びもあった。その上、今日までは、こうした会合へ出るときは、屹度新婚の静子を伴わないことはなかった。が、今日は妻を伴うことは、考えられないことだった。会場で出来る丈、夫人に接近して夫人を知ろうとするためには、妻を同伴することは、足手纏いだった。