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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
妾、ホセに刺し殺されるカルメンのことを考える度毎に、男性の我儘と暴虐とを、憤らずにはいられないのです。」
夫人の美しい顔が、興奮していた。やゝ薄赤くほてった頬が、悩しいほどに、魅惑的であった。
信一郎は生れて初めて、男性と対等に話し得る、立派な女性に会ったように思った。彼は、はしなくも、自分の愛妻の静子のことを考えずにはいられなかった。彼女は、愛らしく慎しく従順貞淑な妻には違いない。が、趣味や思想の上では、自分の間に手の届かないように、広い/\隔が横わっている。天気の話や、衣類の話や、食物の話をするときには立派な話相手に違いない。
が、話が少しでも、高尚になり精神的になると、もう小学生と話しているような、もどかしさと頼りなさがあった。同伴の登山者が、わずか一町か二町か、離れているのなら、麾いてやることも出来れば、声を出して呼んでやることも出来た。が、二十町も三十町も離れていれば、何うすることも出来ない。信一郎は、趣味や思想の生活では、静子に対してそれほどの隔を感ぜずにはいられなかった。
が、彼は今までは、諦めていた。日本婦人の教養が現在の程度で止まっている以上、そうしたことを、妻に求めるのは無理である。