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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
彼は、吃りながら、そう云ってしまうと、泳ぐような手付で、並んだ椅子の間を分けながら扉の方へ急いだ。
遉に一座の者は固唾を飲んだ。今まで瑠璃子夫人を挟さんで、鞘当的な論戦の花が咲いたことは幾度となくあったが、そんな時に、形もなく打ち負された方でも、こんなにまで取り擾したものは一人もなかった。
真蒼な顔をして、憤然として、立ち出でて行く信一郎を、皆は呆気に取られて見送った。
信一郎は、もう美しい瑠璃子夫人にも何の未練もなかった。後に残した華やかな客間を、心の中で唾棄した。夫人の艶美な微笑も蜜のような言葉も、今は空の空なることを知った。否、空の空なるか、ではなくして、その中に恐ろしい毒を持っていることを知った。それは、目的のための毒ではなくして、毒のための毒であることを知った。彼女は、目的があって、男性を翻弄しているのではなく、たゞ翻弄することの面白さに、翻弄していることを知った。自分の男性に対する魅力を、楽しむために、無用に男性を魅していることを知った。丁度、激しい毒薬の所有者が、その毒の効果を自慢して妄に人を毒殺するように。
『汝妖婦よ!』
信一郎は、心の中で、そう叫び続けた。